ウガンダの「うなづき症候群」に対する治療とケアの方法の確立をめざす学際的地域研究

平成26,27年度(2014,2015年度)挑戦的萌芽研究

研究目的

保健医療システムが貧弱な内戦後のウガンダ北部地域において、原因不明の脳症「うなづき症候群」に苦しむ小児患者が適切で充分な治療・ケアを受けるための方法を提案する。患者、患者家族、被害コミュニティのおかれた状況を重視しながら、以下のように技術的側面と社会的側面から対処の方法を示すことを具体的な目的とする。

【技術面】

精神神経学の見地から、従来よりも緻密な症状の分類法を明らかにし、個人の状況に応じた治療指針を確立する。これにより、診療所および日常での治療・ケアの水準を高めることを可能とする。

【社会面】

患者と患者家族が、コミュニティ・自助グループの中で上記の治療・ケアに関する知識を学び、在来の相互扶助システムを活用しつつ、生活の質を改善させるしくみを開発する。

1 学術的背景

東アフリカのウガンダ北部で、原因不明の脳症「うなづき症候群」(Nodding Syndrome)が広がっている。これは、「うなづく(ゆっくり首を上下にふる)」「眠るように意識がなくなる」「突然に倒れたり、走り始める」といった特異的な症状を示す病気であり、隣国の南スーダンと合わせて患者は1万人以上、死者は数百人規模におよび、そのほとんどは5-15 歳の子どもである。2000 年頃からこの病気が報告され、米国疾病研究所(CDC)や世界保健機構(WHO)によって大規模な疫学調査が行われたが、いまだ疾患解明の手がかりも、根本治療の方法も示されておらず(Dowell et al. 2013, WHO 2013)、住民への直接的なフィードバックもない。

この一帯は、政府軍と反政府軍の間で20 年以上続いた内戦が終息し、復興をとげていく時期にある。2006 年の平和締結後、人びとは国内避難民キャンプからもとの土地に帰還したが、
かれらの生活基盤は不安定であり、公的な医療体制も整っていない。

そこで、申請者らは学際的なネットワークをつくり、対策の検討を始めた。まず2013 年2、4、8 月に流行地のグル県・パデー県で予備調査を実施し、患者と家族のニーズを把握するとと
もに、グル県で患者が自助グループを立ち上げたケースを視察した。そして、10 月の日本熱帯医学会にて「東アフリカの『うなづき症候群』にかんする学際的研究集会」を企画開催して議論した。それらの結果、(a)と(b)の二点が喫緊かつ重要な課題であることが浮き彫りになった。

(a)精神神経学の立場から、適切な症状の分類と治療・ケアの方法を明らかにし、住民に理解可能なかたちで提示すること、(b)現在孤立しつつある患者・患者家族を救済するため、公的機
関だけでなく家族、コミュニティの相互扶助のしくみを用いたケアの方法を探ること。

2 本研究で明らかにすること

本研究は、公的医療システムが十分に機能しない中、病因不明の「うなづき症候群」に苦しむ患者が適切な医療ケアを受けるための方法を明らかにする。グル県パイチョ準郡における患者の自助グループをモデルケースとし、(a)にかかわる医学的・技術的側面、(b)にかかわる治療・ケアの社会的側面の両面から対処方法を提示する。具体的な目的は以下である。

【技術面】

精神神経学の見地から緻密な症状の分類を行って、それに応じた治療指針を確立し、地方の診療所とコミュニティのレベルでの治療・介護水準を上昇させる方法を明らかにする。

【社会面】

患者・患者家族が孤立せず、診療所、コミュニティの人びととともに治療・ケアに関する知識を学び、在来の扶助システムを活用しつつ、生活の質を改善させる方法を開発する。

3 特色、予想される結果と意義

本研究は、医学、社会学、国際関係論等の分野が協働して原因不明の病気に立ち向かう実践的地域研究である。患者、患者家族、被害コミュニティに寄り添う形での長期的滞在に基づい
た研究を実施する。このことにより、病気の性質や地域社会の実情によく合った治療とケアの方法を提示することができる。このモデルケースの有効性が検証されれば、他の流行地域にも適用されるとともに、紛争後の医療インフラが貧弱な地域において、コミュニティが主体的に健康状態を評価し、生活の質を向上させる新しい方法論を開拓することにつながる。

研究の斬新性・チャレンジ性

1.医学的調査から治療・ケア方法の検討までの一体化

アフリカなどで発生した原因不明の病気に対して、これまで海外の調査グループによる医学的調査は往々にして短期集中的なものに終始し、住民の社会文化的背景への理解や、住民との信頼関係に立脚したものではなかった。本申請のための予備調査でも、従来の調査が現地社会に対するフィードバックを全くしていない点が、医療に対する人びとの不信感と失望感を招いている様子が確認された。

本研究はこの問題を批判的にとらえ、患者、患者家族、被害コミュニティに寄り添った形で臨床検査からケア方法の開発までを一貫して実施する。長期的な滞在をとおして、調査結果から得られた医学的知見を、有効な形で患者コミュニティにフィードバックし、持続的なケアに結び付けていく方策を住民と共同で練る。そのために、医学関係者だけでなく、地域社会を熟知する社会科学者が参与したチームを構成して実施する。住民とのコミュニケーションを活発に行って研究者・住民間の信頼関係を構築し、効果的かつ持続的なケアにつなげていく。

2.患者家族の経済社会的状況を考慮にいれた治療・ケア方法の検討

「うなづき症候群」をめぐる問題の一つとして、ケアする者の長期にわたる過大な負担が挙げられる。患者は突然てんかん様の発作を起こし、脱力、火や水への飛び込み、失禁等の行動をおこすため、四六時中絶え間なく見守ることが必要である。そのため、患者の家族は日々の経済活動(農業)や診療所への移動に困難が生じている。また、成長遅延、知能低下など進行性の症状もみられ、長年にわたる治療とケアが必要な場合もある。このため、持続的な治療・ケアの体制を構築することはとくに重要である。

そこで本研究では、治療・ケアの技術的課題のみならず、「だれが患者を支え続けるのか」という社会的課題に挑戦する。患者家族の生活の実態、社会関係を考慮にいれながら、コミュニティ内での自助グループ形成の事例に注目し、治療・ケア活動を実践する方策を検討する。

つまり、住民自身による相互扶助のしくみを生かして、治療・ケアの実施につなげるケースモデルを提供することにチャレンジ性がある。この試みがうまくいけば、紛争後の公的な保健医療システムが貧弱な状況下における保健医療対策の一つとして、新たな方法論を提案できる。

3.原因不明の病気への精神神経学的接近

国際機関が解明できなかった疾患の治療・ケア方法を究明するために、てんかん等を専門とする精神神経学を中心にすえ、症状の徹底した記述的調査を行う点に新しさがある。

「うなづき症候群」の患者は、脱力、けいれん、知能低下など多彩な症状を呈する。また、発作誘因、投薬の効果の有無など、個人間の違いが大きい。しかし、これまでは大まかな病型分類しかされておらず(Winkler et al. 2008)、与えられる抗てんかん薬も一律で、副作用としての精神疾患も懸念されている。最近になって特徴的な症状による分類とそれにもとづいた治療法が提案されており(Dhossche & Kakooza-Mwesige 2012)、いち早くこれを発展させた分類法を確立させることを試みる。予備調査を行った地域の住民は調査に協力的であることから、本研究でも同じ患者を対象とすることで、正確かつ詳細なデータを取得して新たな分析結果につなぐことが期待できる。

研究計画・方法

「うなづき症候群」の治療とケアの方法を開発するため、技術班と社会班からなる研究チームをつくり、ウガンダ北部のグル県とパデー県のコミュニティで以下の現地調査を実施する。

・患者への臨床検査を行い、症状の分類法を改良するための分析をする。

・患者をとりまく経済・社会状況を知るための調査を行うとともに、患者家族が立ち上げた自助グループの活動動向を調査する。

そして、臨床調査と社会調査の結果をもとに、研究チームが合同で協議し、治療指針を立案する。その上で、患者の自助グループによる相互扶助の可能性も含めて、患者の状態・経済社会状況に合わせた治療・ケア方法を検討する。

上記の調査と並行して、ウガンダの他地域の村落、政府機関・NGO を訪問して最新情報を入手するとともに、可能であれば調査結果の共有を行う。

調査実施国・地域

「うなづき症候群」の流行がみられるウガンダ北部の7県にてフィールド調査を行う。とくに、患者家族らが自助グループを形成したグル県パイチョ準郡をケーススタディとして集中的に調査する。また、そこから得られた知見をより確かなものとするため、グル県オデック準郡とパデー県アンガグラ準郡も調査の対象とする。

研究のすすめ方

 

医学的な専門知識を担当する「技術班」と、病気に絡む社会的問題を扱う「社会班」からなる研究チームをつくる。グル県パイチョ準郡では、「研究の斬新性・チャレンジ性 図1:調査研究の流れ(1)~(6)」に沿って進めていく。現地調査は各班から2名ずつ計4名が共同で行い、調査の途中経過と結果はチーム全体で常に共有する。

上記フィールドワークとともに、ウガンダ国内の医療機関、NGO 等を訪問し、情報の入手・交換と研究打ち合わせを行う。

研究チームの体制

技術班は医学研究者と専門医から構成され、社会班はマクロおよびミクロな研究を専門とする社会科学者や、ウガンダ地域研究者から構成される。未知の病気の医学的・社会的問題に対処するため、フィールド調査者だけでなく、熱帯病専門家、国際関係、国際支援等の専門家も議論に参加して、多角的に治療とケアの方法を検討する。

研究班

技術

  • 武井弥生・上智大学 / 全体の統括、現地調査
  • 門司和彦・長崎大学 / 医学班の取りまとめ
  • 北潔・東京大学 / 熱帯感染症からの検討
  • 齋藤貴志・国立神経精神医療研究センター / 小児精神神経学による臨床検査
  • Hermann Feldmeier・ドイツ医科大学 / 熱帯病からの検討

社会

  • 太田至・京都大学 / 社会班の取りまとめ
  • 坂井紀公子・京都大学/社会組織に関する調査
  • 西真如・京都大学 / 社会関係に関する調査
  • 佐藤靖明・大阪産業大学 / 生業に関する調査
  • 杉木明子・神戸学院大学 / 国際関係論からの検討
  • 川口博子・京都大学 / 地域情報の提供
  • 小川真吾・NGO テラ・ルネッサンス / 国際支援からの検討
  • Edward Kirumira・マケレレ大学 / 社会医学からの検討
  • Kato Stonewall ・グル大学協力社会組織に関する調査

Nodding Syndrome